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2016年9月12日 (月)

わたしたちをここ

「熊神信者は常日ごろからその闘争能力を自慢していたな」
 アンヘグ王は再びうなずくと、にやりと歯を見せた。
「攻撃の最先端にはうってつけだと思わんか」
 アンヘグ王の笑みに悪意がこもった。
「さぞかしかれらの犠牲は大きくなることだろうな」とドラスニアの王。
「これもみな、大義のためだ」アンヘグ王がいかにも敬虔そうに答えた。
「さあ、お二人でにやにや笑うのがすんだら、王女を日陰に連れていきましょう」ポルガラが言った。
 それから一週間というもの、崖上の要塞は目まぐるしい忙しさだった。最後のチェレク船が引きあげられると、アルガーの氏族とミンブレイト騎士団は、タール側の村落にまで攻撃の手を伸ばしはじめた。「ここから五十リーグ内外には草木一本残ってはおりません」ヘターが報告した。「焼くのでしたら、もっと遠くまで行かねばなりません」
「マーゴ人はたくさんいたかね」バラクは鷹のような顔をした若者にたずねた。
「少しですけれどね」ヘターは肩をすくめた。「まだ注意を惹くほどの数ではないですが、しばしば出くわします」
「マンドラレンはどうしている」
「この数日は顔を合わせていませんが、かれのむかった方向におびただしい煙が立ちのぼるのが見えました。どうやらせっせと働き続けているようですよ」
「この先の土地はどんなぐあいかね」アンヘグ王がたずねた。
「この高地を抜けてしまえばそんなに悪くはありません。この断崖の先のタール国の地域は相当なものですからね」
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「相当なものとはどういうことだ。われわれは船を引きずって通り抜けねばならんのだぞ」
「一面の岩と砂、刺のある茂みが少し、水はまったくありません」ヘターは答えた。「おまけにかまどの焚口にいるよりも暑いのです」
「そりゃあ、結構なことだな」アンヘグ王が言った。
「王のご要請でご説明したのですよ」とヘター。「失礼します。馬を換えなければなりませんし、松明ももっと用意しなければならないので」
「またでかけるのかね」バラクがたずねた。
「それしかやることがありませんからね」
 船の引きあげが終わるやいなや、ドラスニア製の巻きあげ機は、大量の食べ物や武器を上げ始め、砦内にあるフルラク王の物資集結場はまたたくまに満杯になってしまった。タール人の捕虜たちは、文句を言わずにすぐ荷を運ぶので、非常に貴重な戦力となった。顔立ちは粗野だったが、素朴な感謝と勤勉さに輝き、敵方の人間でありながらセ?ネドラは好感を抱かずにはいられなかった。タール人の生活が、なぜあのような終わりなき恐怖に満たされているのか、王女は少しずつしだいに理解し始めていた。タール人の家族の中で、グロリムの凶刃に家人を殺された経験のないものは皆無だった。夫、妻、子供、両親を次々といけにえにとられたタール人の最大の望みは何としてでも、かれらの二の舞いを踏まないようにすることだった。この絶えざる恐怖がいつのまにか、タール人の顔から愛情らしきものを奪ってしまったのである。かれらは恐るべき孤独のままに愛もなく、友情もなく、絶えざる恐怖と苦悩以外のものを感じることもなく、ただ生きていたのである。タール人女性の悪名高い好色さは、社会道徳とは何らかかわりを持たなかった。それは単純に生き延びるための手段だったのである。グロリムの刀剣から逃れるために、タール人の女性は常に妊娠していなくてはならなかった。彼女たちは決して欲望に駆られていたのではなく、恐れのためにそうせざるをえなかったのだ。そしてついには完全に人間性を喪失してしまった。
「どうしておめおめとあんな生き方に甘んじていられるのかしら」セ?ネドラはポルガラにむかってぶちまけるように言った。「なぜ、グロリムに反逆して、追い出そうとしないの」
「いったい誰がその指揮をとることができるのか、考えてごらんなさい、セ?ネドラ」ポルガラが穏やかに言った。「グロリムの中には、果樹園から果物をもぎとるように、やすやすと人の心が読める者がいるということを、タール人たちは知っているのよ。もしかれらがそんな反逆を企てようものなら、たちまち祭壇に引きずっていかれるでしょうよ」
「でもあれじゃあまりに悲惨すぎるわ」
「たぶん、わたしたちはそれを変えることができるかもしれないわ」ポルガラは言った。「わたしたちが行なおうとしていることは、西の国々のためだけではなくて、アンガラク人のためにもなることなのよ。わたしたちが勝てば、かれらはグロリムから解放されるわ。最初はわたしたちに感謝しないでしょうけれど、ときがたてばわかってくれるわ」
「なぜ、わたしたちに感謝しないの」
「もしわたしたちが勝てば、かれらの神を殺すことになるからよ。それを考えればとうてい感謝する気にはなれないでしょう」
「でもトラクは怪物だわ」
「怪物でもかれらの神なのよ。自分たちの神を失うということはとてつもなく恐ろしいことなのよ。ウルゴ人に神のない生活がどんなものなのか聞いてみるといいわ。ウルがかれらの神になってからもう五千年になるけれど、かれらはまだ神のいなかった時代を忘れてはいないはずだから」
「わたしたちは勝てるわよね?」セ?ネドラは急に恐怖がこみあげてきたようだった。
「わからないわ、セ?ネドラ」ポルガラは静かに答えた。「わたしも、ベルディンも、父も、アルダーにさえわからないの。ただやってみるしかないのよ」
「もし負けたらどうなるの」王女は怯えたように小さな声でたずねた。
「タール人のように奴隷になるでしょう」ポルガラは静かに答えた。「トラクが全世界を支配する神となり王となるわ。他の神は永遠に追放され、グロリムがわたしたちを支配するでしょうね」
「そんな世界で生きていたくないわ」セ?ネドラは強い口調で言った。
「誰だってそう思っているわ」
「トラクに会ったことがあるの?」だしぬけに王女はたずねた。
 ポルガラはうなずいた。「一、二度会ったことがあるわ。かれがブランドと決闘する少し前にボー?ミンブルで会ったのが最後だわ」
「かれはいったいどんなようすをしているの」
「神だわ。かれの心の力は圧倒的よ。かれに話しかけられたら、聞かざるをえないの。命令されれば従わざるをえないのよ」
「むろんあなたは別よね」
「あなたにはわからないようね」ポルガラの表情は重々しく、その燃えるような瞳は、今では月と同じくらい遠くにあり、近寄りがたかった。彼女はそれ以上関心はないといったようすで、エランドを抱きあげると、ひざの上に乗せた。子供はいつものように彼女に笑いかけると、手を伸ばし、額に垂れ下がる白い巻毛に触れた。「トラクの声にはほとんど抵抗を許さない強制力があるのよ。かれがいかにゆがんで邪悪かはよくわかっているのに、話しかけられると、それだけで抵抗心はこなごなに砕け、突然自分がもろくなったような気がして恐ろしくなるの」
「でも、もちろんあなたは怖くなんかないでしょ」
「まだわかっていないようね。むろんわたしだって怖いわ。わたしたちはみんな――あの父でさえトラクを恐れているわ。あなたがトラクに会わないことを祈りましょう。かれはチャンダーのように取るに足らないグロリムや、クトゥーチクのような策謀家の魔法使いとも違うわ。かれは神なの。見るもおぞましい不具のうえ、心がひどくねじけているのよ。かれはのどから手がでるほど欲しがっている何か――人知では推し測ることのできない深遠な何かに拒否されたために、狂気に駆りたてられているの。その狂気は、いくら凶悪とはいえタウル?ウルガスのような人間のそれとはまったく異なっているものだわ。トラクの狂気は、神の――自分の病んだ考えを実行にうつすことのできる者――の狂気なのよ。本当に抵抗できるのはあの〈珠〉しかないでしょう。わたしはたぶん、いくらかは抵抗できると思うわ。でもトラクが全力でかかってきたときには、結局かれの言いなりになってしまうでしょう。かれがわたしに望んでいるのは考えるだけでもおぞましいことなのよ」
「あなたのおっしゃることがよくわからないわ、レディ?ポルガラ」
 ガリオンのおばは、小さな王女をじっと沈んだ目で見つめた。「あなたは知らなかったのね。それはトルネドラ歴史学会では無視されている、ある過去のできごとに関係することなのよ。お座りなさい、セ?ネドラ。これから説明するわ」
 王女は急ごしらえの居室におかれた粗末なベンチに腰かけた。ポルガラのようすはいつもと違ってみえた――非常に静かで、もの思わしげでさえあった。彼女はエランドに腕をまわすと、しっかりと抱き締め、頬をその金色の巻毛にすり寄せた。まるでこの小さな子供にふれることで、大きな安心感を得ているかのようだった。「この世には二つの〈予言〉があるのよ、セ?ネドラ」ポルガラは豊かな声で説明した。「そのうちひとつが選ばれる日が刻々と近づいているわ。過去も現在も未来もすべて〈予言〉の中にあらわされているのよ。あらゆる男も女も子供も二とおりの運命を持っていることになるわ。ある人々にとってはどちらもさほど違わないでしょうけれど、わたしにとっては雲泥の差があるの」
「やっぱりよくわからないわ」
「わたしたちが従っている〈予言〉、へ連れてきた〈予言〉においては、わたしはベルガラスの娘であり、ベルガリオンの守護者である女魔術師ポルガラだわ」
「それじゃ、もうひとつ何なの?」
「もうひとつの〈予言〉によれば、わたしはトラクの花嫁なのよ」
 セ?ネドラは思わず息をのんだ。

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