« その笑顔が可愛く | トップページ | 風邪をひかれ »

2016年6月23日 (木)

まないと人の居

 淋しい7年間だった。僕は馬鹿なままでこの信心を疑わずに続けてきていればよかった。僕はこの7年間この信仰をする奴は馬鹿だと思い続けてきた。でも馬鹿の方が良かったし、馬鹿の方が正しSCOTT 咖啡機かった。信仰とは馬鹿になってやるものだ、と僕はやっと気付いた。

 2年ぐらいは目に映る何もかもが色あせて見えた。でも再び信心するようになると外の景色がキラキラと光輝いて見えるようになった。不思議だった。

 女の人が美しく2年ぶりぐらいに見えた。女の人が本当に何年かぶりに美しく見えた。去年の12月か今年の1月頃のことだったと思う。創価学会に戻ろう、と秘かSCOTT 咖啡機に決意してアルバイト先の病院から午後の講義のために大学へ向かっていたときだった。浜口町の交差点の所で僕はそう感じた。

 女の人が美しく魅力的に歩いているのを見たのは何年ぶりのことだったろう。美しく見えた。『創価学会に戻ろう。』と決意してバイクを運転しているとき本当に美しく見えた。頭の後方でカラカラと生命の躍動感と言うか、そんなものを感じていた。

 宿命との戦いに疲れきって死を選ぶか、僕はそSCOTT 咖啡機 う思いつめていた。

 そんな厳しい日に僕は何年かぶりに女の人を美しく思った。

 胸が張り裂けそうで、とても厳しい日々に。

 僕が誰よりも知っているはずだった。邪宗教がどんなに落ち込んで自殺の一歩手前まで行ってしまうことを。

 今もときどき“死”を思ってしまう。

 信心の弱い僕は、一日5分しか題目をあげてない僕は。

 死んだ方がずっと楽だと、死んだ方が広宣流布のためになるのだと、勤行はしているけれど一日5分間しか題目をあげてない僕は、毎日ふとそう思ってしまう。

 自分が死んだらずっとずっと楽になる人がたくさん居るんだと、図書館なんかで迷惑をかけずに済むようになるんだと、活動してなくて、毎晩目が醒めてから退転することを考えてしまう僕は、本気でそう思ってしまう。

 昨日、雨の中、県立図書館からの帰り、卸団地に入っていって、薬品の倉庫の卸の横で方向転換した。方向転換するとき、誰もいない薬の問屋の敷地の中を通った。建物の横にクスリの空き箱とプラスチックの容器が(もちろんもう要らなくなったのだろうけれど)あったためそれを取ろうかな、と思ってそこで方向転換したのだった。

 日曜日だったのでその問屋は反対側のずっと向こうの受付のような所しか開いてなかったようだった。でもそこには何人か居た。

 家に帰ってものすごく心配になった。警察でクルマのナンバーを調べて家に来るのではないかな、と思った。もういっそ、死んでしまおう、とも思った。

 もうクスリがあまり効かなくなっていてかなり大量に飲る処では勉強できないようになっていた。

« その笑顔が可愛く | トップページ | 風邪をひかれ »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/2123534/66167833

この記事へのトラックバック一覧です: まないと人の居:

« その笑顔が可愛く | トップページ | 風邪をひかれ »